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皆様お疲れ様です。
本日は、広島通りにて路線測量を行いました。私は、今年4月に測量についての知識が無い新卒で入社したため路線測量を行うのも初めてでした。けれど、次長や先輩に丁寧にわかりやすく教えてもらい業務を行うことができました。
さて、昼食の時間になり本日は、次長おすすめのラーメン屋さんに行くことになりました。
こちらは、若草通りにあるラーメン屋さんで、創業63年とのことでした。 店主が気さくな方でとても居心地が良かったです。
味は、あっさり系の豚骨醤油ラーメンで自分好みの味でした。特にメンマは味が染みていてとても美味しかったです。
しかし、次長の言う通り店主が何回も水を注ぎに来るお店で、暑い夏にはちょうど良かったです。(ラーメン食べる前に水で腹いっぱいになるんではないかとひやひやしました。)
仕事の昼休憩や暑いお昼にあっさり系の豚骨醤油ラーメンでさっぱりしてみてはいかがでしょうか。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
今年のお盆休みはどうでしたか?
中には8月9日から8月17日までの9日連休の方もいらしたかと思いますが、長い連休で会社の場所を忘れてなかったですか?
さて、次長はお盆休み中にどこか土木に関するものでも見に行こうかと、家族と大分県は竹田市に行ってきました。
竹田市と言えば岡城址(滝廉太郎「荒城の月」を作曲するモデルだそうです。)。
近くを何回も通っているんですが、未だに行ったことはないです。
滝廉太郎の名も小学校以来です。文学には程遠いおじさんです。
さて、まず向かったのは【白水の滝】。
駐車場から滝までが600mほどで、途中は坂道あり階段ありで滝までの道のりは大変でした。見ごたえはかなり良く、暑い日に行くと滝つぼの周りにミストが舞っていてとても涼しい場所でした。
さてお次は次長の最近のお気に入り【円形分水桝】。
こちらの円形分水桝は【音無井路円形分水】といい、1693年に井路計画を行い、1715年に着手したものの通水の至らず当時は中止したということです。
それから200年近く経過し、1892年現在のような円形分水とし通水を開始したそうです。
その間、水の分配で騒動が起き連日のように水争いが繰り返されたそうですが、この円形分水を導入したことにより適正な分配ができるようになったということです。
当時は、現代のような用水路やパイプラインなどがなかったため、水の適正な分配ができずいろいろな所で水争いが起こったみたいですが、この円形分水により耕作面積にあった割合で水が配られるようになったということで、本当にすごい装置を先人たちは考えたものだなと感心します。
次に向かうは目的の【白水ダム】。
ダムの前面が真っ白な綺麗なダムです。
こちらのダムは昭和9年から4年半ほどかけて完成し、昭和13年に竣工し、平成11年い国の重要文化財に指定されました。
スロープが白く見えるのは表面を流れる水が泡立っているからだそうです。
それではダムの写真をいくつかお見せします。
それにしても綺麗なダムですね。
この【白水ダム】は日本一美しいダムだそうです。
我が宮崎県にも白水ダムと似たダムがあるのをご存じですか?
場所は木城町石河内にある川原ダム。
このダムは白水ダムより大きいみたいです。
形もどことなく白水ダムに似ていますね。
こちらのダムも 一見の価値ありです。
先ほどから白水ダムをダムと連呼していますが、実はこの【白水ダム】、ダムではないんです。
ダムの定義は堤高が15m以上、白水ダムはすこ~しばかり低い14m、ダムになりきれないダムでした。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
先日の8月10日から11日にかけての九州北部の豪雨、被災者の方には心からお見舞い申しあげます。
さて、先週末から盆休みに入られた方もいるかと思いますが、次長は遠出でもしようかと、家族と大分は蒲江に行ってきました。
今回は次長の趣味の道の駅巡りではなく、お魚を狩り(釣りではないです。我が家では食材を買いに行くことを狩りと言ってます。)に行ってきました。
そこで発見したのはこちら。
こちら、何だと思いますか?
この船みたいな物体は、南海トラフ地震時の津波に備えての【救命艇】だそうです。
2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震で大津波が発生し沢山の方が亡くなられました。それを受けて、高台に登る等できない方に対応するため考案されたものが津波救命艇です。
2025年4月末に国土交通省ホームページに掲載希望しているもので全国に30艇あり、そのほかに15艇の設置を把握されています。
この津波救命艇はシートが25人分あるそうですが、それ以上の人が乗っても沈むことはないという優れものです。
この津波救命艇は大分県佐伯市にあるのですが、実は宮崎県にも4艇ほどあるのを皆さんご存じですか?
宮崎県には、10年ほど前に宮崎港、その後新富町、日向市、宮崎空港と設置されているそうです。
いざという時、こういった設備があることを知っておくのも命を守ることに繋がります。
こういった設備がもっと増えるといいですね。
ちなみに、お昼はこの救命艇そばにある食堂で海鮮丼を食べて帰りました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
本日8月4日は何の日かご存じでしょうか?
8月4日は「橋の日」。橋に感謝する日として、1986年に延岡市にて始まった記念日です。
「橋の日」が宮崎から始まっていたとは、、、、。
今日は大淀川に架かる橘橋にて橋の日イベントがあったみたいです。
さて、本日「橋の日」ということで、次長も近くの橋を勝手に見学してきました。
※見学という名のサボりではないですよ。
きちんと新入社員もつれて見学し、帰りにスムージーを飲んだのはご内密に。
見学した橋は「相生橋」。
現在、大淀川に架かる相生橋は4代目だそうです。
次長が高校生の時によく見ていた相生橋は3代目、当時の橋は現在ありませんがその名残が現地にあります。
こちらは3代目相生橋の橋台です。
ここに橋があった名残ですね。次長は3代目の相生橋がなじみ深いです。
高校生の時よくここを通っていたな~。
ここで相生橋の歴史を一つ。
初代相生橋は昭和25年7月に開通し、1週間後に台風で流されたそうです。
その後、昭和32年に、木橋と鉄橋という変則的な形で開通し、昭和46年3月(次長の生まれた年です。年とったな~。)に3代目、平成27年に4代目と月日とともに架け替えられたそうです。
こちらは2代目相生橋の橋台。
知る人ぞ知るという樹木に飲み込まれた土木の残骸です。
こちらは大淀川に残る橋脚の跡(多分2代目と思います。)。
「橋の日」はまだまだ一般の人にはなじみが薄いかもしれませんが、橋は人や車の移動、電車、物流、電気や通信、水やガス等いろいろなものを対岸に渡す公共インフラにとってとても重要なものです。
橋にはいろいろな人の思いや歴史があります。
皆さんも、たまには橋について思いをはせてみてはいかがでしょうか。